
“I can’t go on. I’ll go on.”
(もう進めない。だが進むのだ。サミュエル・ベケット)
絶望の中にある「生の持続」を象徴する。無意味の中で、それでも「続ける」ことの美学。20世紀文学で最も有名な“諦めと希望の共存”の言葉。サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』
有限会社代表からの電話
有限会社の代表を名乗る男性から、電話がかかってきた。
死んでしまいそうな、しわがれた声だ。
有限会社の代表というだけで、高齢なことは想像できる。
2006年の会社法により、有限会社の新設は廃止された。有限会社は、最低資本金300万円、且つ簡単な手続きで設立できた。役員の任期がなく、長期的に安定した経営を続けられることから、現在でも多くの有限会社が存続している。
こちらの腹わたは、煮えくりかえっている。
怒りに任せて、現在までの経緯をぶちまけた。
すると、代表はこう答えた。
「自分は聴いたばかりで、あとは業者に任せています」
現場は大変なことになっているのに、業者に任せているだと?
一度でも自分で現場を見に行ったことが有るのか?
そう問い詰めると…
代表が伝家の宝刀を抜いた。
「今、入院中なんです」
「キーッ(私の心の声)」
あまりのショックで茫然自失する。
入院中患者への督促心得
貸金業法では、早朝や深夜の取り立て、罹災者や入院中患者への督促が禁止されている。
会社員時代、債権回収の現場に長くいた。貸金ではないので関係のない話だが、「入院」のキーワードで、一気に沸点が下がってしまった。
確かに死にそうな声ではある。
これが演技なら、助演男優賞が貰えるかもしれない。
しかしだ。
私は、階下の住人に見舞金と菓子折りを持参し、何度も進捗を報告した。
もちろん、菓子折りを持って謝罪に来いと言っているわけではない。
せめて進捗の連絡をするよう申し入れて電話を切った。
これは1ヶ月前の会話だが、その後一度も連絡は無い。
本当に死んだのだろうか?
管理会社から保険適用外の連絡
管理会社から、ユニットバスは保険適用外との連絡が入った。
ただ、悪徳業者の水漏れ調査費用と、階下の補修費用は補填するとのこと。
ユニットバスは、有限会社代表と交渉してほしいとのことだった。
仕方ない。
請求書を作ることにした。
有限会社代表へ請求書
UBなど原状回復費用=1,026,300円
1ヶ月ぶりに、有限会社代表の携帯に電話してみた。
すると、男性の元気そうな声が聴こえる…
何の連絡もなく、一体どうなっているのかと悪態をついてみた。
そして、請求書の宛先を聴いた。
すると…
「今、外にいるので、事務所に聞いてほしい」とのこと。
「入院してたんと違うんかい!(私の心の声)」
5分後に電話させるとのことだったが、4時間待っても電話が来ない。
こちらから事務所に電話し、宛先を確認した。
金曜の夜だった。
請求書を郵便局の夜間窓口から速達で発送。
郵便局の女性より、土曜には届くとのこと。
そして、月曜の朝。
有限会社代表の携帯に電話を入れた。
「速達で発送した請求書を見てもらえましたか?」
すると…
「土日は出掛けていたので見ていません」
世の中には、無責任で誠意のかけらも無い人間が存在する。
「11月末日までに支払ってください」
(つづく)